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zumaのはてなブログ

この世で一番好きなのは、本を読むことと歩くこと(「ぐりとぐら」風に♪)

普通に食べれるって嬉しい♪

ウイルス性腸炎?になったと思われる。その経過をまとめてみた。

今週月曜日の夕方、体がふわーっとなって、早めに退社。その晩に38度7分の熱が出た。火曜日に仕事を休んで近所の内科に受診。インフルエンザは陰性といわれ、特にお薬も出ずに帰された。インフル陰性ならいいかな、熱も下がったし、と水曜日は普通に出勤しご飯も食べれたのだが、木曜日からは熱はないけど、水下痢が止まらなくなり、再び内科に行くと、ウイルス性腸炎のようだ、脱水しているので点滴しましょうといわれた。点滴している間もトイレにいきたくなるので、点滴をカラカラと押しながらトイレで用を足してまた処置室に戻る、を繰り返した。その日は絶食。ポカリだけ飲んでいた。金曜日も朝から食べられず、ポカリだけで過ごしていた。

絶食でポカリだけ飲んで水下痢出しつづけるということを朝から夜中まで続けるのは、本当にきつい。いつ出てくるか分からないので寝るに寝れないし。お尻はひりひりしてくるし。入る水分量と出る水分量は1:10くらいの割合で、そのうち体中の水分が無くなって死ぬんじゃないかと思えてくるし。そしてただ寝ころび、この水下痢が終わるのをひたすら待つのみの自分。もうこのまま良くならないんじゃないだろうか…そんな気さえした。

しかしえらいもので、水下痢は金曜日の昼過ぎに、ちゃんと終わりを迎えた。するするっという感じでひいていき、その後は思い出したように2、3度出ただけ。人体ってすごいな。ウイルスを排出できたってことがどうやってわかるんやろ。

そして、金曜日の夜、妻に半玉だけ素うどんを作ってもらい、食べることができた。素うどんの温かい汁のうまかったこと!(ただ、つゆの素を湯で割っただけのものですが)。ずっとポカリだけだったもんな~。

今日になって、卵入りのうどんも食べることが出来たし、おかゆも食べれたので、夕飯は、やわらかめの親子丼にする予定。固形物を食べることができて、治る自信も湧いてきた。

こんな感じで、うつの方も良くなっていくといいな。

これまでを ふりかえりみる 春の宵

4月になった。新年度だ。もう雪も降らない。朝夕は時々肌寒い日もあるけど、季節は後戻りしない。今日はいい天気で気分も良いので、この数年を振り返ってみる。

                 *

2013年春、10数年勤務した職場から転職をした僕は、新しい職場で猛烈なパワーハラスメントを受けた。なんとか勤務を続けたが、もう限界というところまできて、2015年春にクリニックを受診し、うつ病との診断書が出て休職した。2016年春に退職し、知人のつてでうつ病に配慮してくれる職場で働き始めた。精神保健福祉手帳を取得し、障害者雇用枠での再就職である。企業は障害者雇用の法定雇用率の基準を超える人数を採用しておく必要がある。障害者を雇用することは企業にとってもメリットがあるのだ。勤務中、気分がすぐれなかったときなど配慮してくれるので、ありがたい。

ところで、2016年4月1日より障害者差別解消法が施行された。この法律では、障害のある人に対する「合理的配慮」を規定している。車いすの方であれば、例えば、駅のホームにエレベータをつけることなどがこれにあたるが、精神障害者である僕に対して、雇用の場で上記のような配慮をすることなども「合理的配慮」にあたるのではないか。精神障害そのものが目に見えにくいので「合理的配慮」するのも難しいかもしれないが、そういった配慮のできる職場は健康な人にとっても働きやすい職場といえる。

ともあれ、復職して1年が過ぎても、相変わらず僕はかかりつけのクリニックに通院している。2月~3月にかけて、気分が落ち込んでいて、かかりつけ医と相談し、抗うつ薬が増えた。それが効いてきたのか、4月に入ってからは、億劫さや音が気になるといった症状は改善されたように思う。

いい兆候だ。いつになったらこの病が治るのかわからないけど、いつかは治る。いつかは治るはずだ。それまでは、お薬を飲みながら気長に、焦らず、つき合っていこう。つき合っていくしかないじゃないか。高血圧や糖尿病などの慢性疾患でも、お薬を飲んでコントロールしている人はいっぱいいる。うつ病もそんな慢性疾患のひとつだと、割り切ればいい。焦らなくていい。

そう自分にいいきかせてみる、春の宵。

遠隔操作しているような感じ

「何か」をしなければと思うが、思うように体が動かない。体に異常があるわけでは無論ない。億劫、という表現はこういうときにはしっくりくる。あれをしようかな、これをしようかな、と頭では考えるのだが、行動に移せない。

自分で言うのもなんだが、もともと僕はどちらかというと、フットワークは軽いほうだと思う。何かすべきことがあれば、さっとやる。会うべき人がいれば、遠方でも出かけていって会う。そういったタイプの人間だ。いや違うな。かつては、そういったタイプの人間だったということだ。

いまの僕は、まるで遠い場所から自分を遠隔操作をしようとしているように思える。何億光年も離れた、Ⅿなんとか星雲だかどこかにある、この地球とよく似た、でも重力のまるで違う別の惑星から。そして、僕は地球に住んでいる自分の様子を何らかの方法でモニターしながら、あれをしよう、これをしようと、思うように動かそうとしている。しかし、なにかの加減で思うように動かない。何しろ、何億光年もの彼方から操作をしようとしているのだ。「あれ・・・、気分が落ちているみたいだな」、「今は音が気になるみたいだな」などと言いながら、「じゃあちょっと休ませようか」、「静かな場所においておこうか」という風に。

そんな感じで、時間と空間の感覚が、以前とは、まるで変ってしまったように感じている。

右手の小指と薬指がしびれる

朝起きると、突然、右手の小指と薬指がしびれていた。寝るときに下敷きにしていて、しびれて動かなくなることはこれまでにもたびたびあったので、またそれかな、と思っていた。でも出勤して昼になっても夕方になっても一向にしびれが取れない。それどころか、右手の手のひらまでしびれてくる。こんなことはこれまでになかった。呂律は問題ないし、右半身でほかにしびれているところもないので、大層な病気ではないと思うが。インターネットで検索して、整形外科あたりの病気だと思い、近所の整形外科クリニックに受診。

右ひじの裏と右手首のつけ根をコンコンと叩かれ、右手首をレントゲン撮影。右手首のほうに何らかの原因があって、神経が圧迫されているとの診断で、湿布薬とビタミンB12の内服薬を処方された。手首を安静にしてくださいとのこと。湿布薬を貼ると、どっと疲れが出てきたみたいで、立っていられなくてすぐに横になった。今は、しびれはだいぶ取れてきているが、しばらく安静にしておこうと思う。

ストレスからくるしびれの場合もあるみたい。40歳前後からなんやかやと心身にガタがきていて、イメージ通りに体が動かない。なんだか自分の体じゃないみたいだ。

**さん、生きてるだけで、立派です!

休養ということについて考えている。体を休める必要があれば安静にしていれば良い。でもココロを休めるということは、そんなに単純なものではないと実感している。一日中、静かに過ごしていれば負荷もなく休むことはできるが、こんな静かにすごしているだけの自分になんの意味があるのかと考えたりしてしまう。「こんな、静かに過ごしているだけの自分でも存在している価値があるんだ!」って思えたらいいのに。

そんなとき、うちの本棚からこの本が出てきた。以前、著者の高森信子さんが講演に来てくださったときに、「**さん、生きてるだけで、立派です!」というメッセージをサイン入りでくれた。そのときは、そんなに何も感じなかったんだけど、今は「そっかー、生きてるだけで、立派かな。そーかな。」と、半信半疑ながらも、ちょと「そーカモ。」と思っている自分を発見したりする。 

家族が知りたい統合失調症への対応Q&A

家族が知りたい統合失調症への対応Q&A

 

 

休養の効用 ~あるいは影が半分しかない人たち~

今から2年前、「あなたには休養が必要ですね」と、先生は言った。

僕が、「うつ病」と診断されてから、2年ちょっと経つ。診断がつくまでは、ひたすら頑張って頑張って走ってきた日々だったな、と思う。もう頑張れないと思ったあの日から、薬を飲んで家にこもり、寝て過ごす毎日が1年ほど続いた。

今は職場に主治医の意見書を提出し、配慮してもらいながらボチボチと働いている。この1年でだんだん良くなってきたかな・・・と思っていたら、最近また、前みたいな感じが出てきている。ガヤガヤしているところにいるのが苦痛で仕方がない。雑踏(あるいは生活騒音)から離れて、独り静かに過ごしている分には、「いる」ことはできるけど、何かしようとしても、「する」ことができない。「がんばれ」ない。集中力はつづかないし、楽しめない。ただ、静かにいるだけ。こんな自分って生きてる意味あるのかな・・・と、ふと考えてしまう。この世にいなくても誰も困らないんじゃないか。

それはまるで、『海辺のカフカ』(村上春樹、2005)に出てくる影が半分しかない人たち(佐伯さん、ナカタさん)になったみたいに感じる。イキイキしていた頃の自分は、まるで別の世界にいるかのよう。今、目の前にあるこの世界からは、なんの手ごたえも感じることはできない。ただ、僕は自分に与えられた役割をこなしているだけであって、そこに「心」はない、そんな風に。

海辺のカフカ (上) (新潮文庫)

海辺のカフカ (上) (新潮文庫)

 

今日の診察で、そのようなことを先生に伝えたら、「休養が必要ですね」と先生は言った。 「休養することは無駄じゃありませんよ」と。2年前と同じく、僕に足りなかったのは「休養」だったみたいだ。そしてまたお薬が増えた。いつになったら治るんだろう。

破損したテラスの屋根を見ながら

先日の20年に一度ともいわれる大雪で、テラス屋根が破損した。また雪がふるといけないので、そのままにしておいたのだが、そろそろ春も深まり雪も降らないだろうということで、修理をしてもらった。形あるものいつかは壊れるが、直せばきれいに直るもんだと感心する。

 

一方、うつの方は、相変わらず良くなったり悪くなったりを繰り返している。こちらもそろそろ、すっきり治ってくれると良いのだが。